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2008年5月31日 (土)

大鳥大社の菖蒲祭り

 今日から大鳥大社の菖蒲祭りが始まりました。「いずれがアヤメかカキツバタ」といわれますが、実物を見たらその違いはすぐわかると思います。端午の節句の菖蒲はサトイモ科の植物で花菖蒲とはまったく別物です。花菖蒲は梅雨の頃咲き出します。花菖蒲は江戸時代の中頃、各地に自生していたノハナショウブの変わり咲きをもとに改良されたものだそうです。改良されてきた地域の名をとって、江戸系、伊勢系、肥後系というように分けられ、江戸系は主に花菖蒲園向き、肥後系や伊勢系は鉢植えの室内鑑賞向きに発達してきたそうです。

 暦のない縄文時代末期の稲作では、雨を待つ人たちは、桜を見て耕し、籾を播き、花菖蒲の開花で田植えの時期を知って農作をおこなっていたようです。その昔から、季節の花を農耕の指標にしてきた日本人。今も花の開花で季節を感じるような人でありたいですね。

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2008年5月29日 (木)

和泉五社の一の宮

Dsc08665 Dsc08663 Dsc08661大鳥大社は和泉五社(大鳥、泉穴師、聖、積川、日根)のひとつで、和泉国一の宮にあたるそうです。境内には、先日入魂式のあった大鳥美波比神社や押別神社、稲荷神社などがあります。和泉の国式内社の内、大鳥の名の付く大鳥羽衣浜神社(高石市羽衣)、大鳥北浜神社(堺市西区浜寺元町)大鳥井瀬神社と大鳥神社、大鳥美波比神社とあわせて、大鳥五社明神というそうです。写真1枚目、神社の由来。2枚目、参道にある日本武尊の像。大鳥大社の 祭神は日本武尊と大鳥連祖神の2柱。3枚目、八角鳥居です。

いよいよ31日、1日と大鳥大社の菖蒲まつりがはじまります。最後の写真は27日に撮影した公開前の菖蒲の様子です。 Dsc08660_2 Dsc08662

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2008年5月25日 (日)

泉大津濱八町宮本町帰町入魂式

前日からの大雨も8時半頃にはやみました。9時過ぎ、シートに覆われた宮本町だんじりが工務店から無事到着。シートがはずされ、姿を現しました。綱をつけて小屋までの狭い路を曳いて、無事帰町いたしました。この後、小屋で入魂式が行われました。やっぱり今年も濱八町のかちあい、是非見たいと思います。帰町おめでとうございました。最後の2枚は上之町のだんじりです。イベントのためか太鼓を運んでいました。天気が悪かったので、浜街道祭りをすっかり忘れてしまい、泉大津に来ていたのにDsc08577_2 そのまま帰路につきました。   Dsc08580 Dsc08591 Dsc08597 Dsc08612 Dsc08627 Dsc08640Dsc08647

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2008年5月20日 (火)

「 無患子」(むくろじ)

 先日高石神社でひらってきた羽根つきの羽根の玉に使われていたむくろじ。漢字では「 無患子」と書くそうです。「子が患わ無い」という意味から羽子板が 無病息災のお守りになったそうです。また、羽根が病気を運ぶ蚊を食べてしまうトンボに 似ていることから、子が蚊に刺されないように、無病息災の意味につながったとも言われているそうです。

 はねつきの遊び方は、「突き羽根」と「追い羽根」の二つがあるそうで、「突き羽根」は一人で遊び、突く回数を競うようです。 「追い羽根」は左右に分かれて勝負を競いあうことのようです。

また、「ツクバネ」(こぎの木)という落葉樹の実は、4枚の大きな苞が付いていてその形は、羽根つきの羽根にそっくりだそうです。たしかにネットで確認しましたがびっくりするほどはねつきの羽根にそっくりです。この木は、別名ハゴノキ、コギノコとも呼ばているそうです。(以上の解説は人形のこうげつさんHPから参考にさせていただきました。)

せっかくムクロジの実があるので、羽根作りにチャレンジしました。最初、実に小さな傷をつけ、ルータのドリルが滑らないようにして、穴を小さく開けました。一度に3mmあけるのでなく少しずつ大きくしていきます。殻はけっこう堅くて丈夫です。怪我しないよう慎重に3mmの穴を開けていDsc08552きました。そこに丸棒3mmを差し込み、羽をしばったとき広がるように先端に丸い玉をつけました。(ミニだんじりの幟を作ったときの部材を使っています)羽がずれないよう接着剤を少しつけて、糸を巻いて接着剤で固めて完成です。けっして羽にはつけないように。また糸を巻いていくと羽がずれて結構苦労します。

最初の失敗作、羽をつけすぎています。次は完成の3点です。Dsc08556

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ちなみにこの羽は、100均のねこじゃらしについていたのを使いました。

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升組作製編の3の続編

Dsc08217 升組作製編3の続きです。升組を差し込む穴を開けました。単純な作業ですが結構時間がかかります。ここに組み立てた升組を差し込み、止めにはほぞ組を考えています。出来るかな?ほぞ穴はせいぜい2mmくらいの予定です。Dsc08547 仮に取り付けてみましたが、升組が箱組の角にあたってしまいました。あたっている箱の角を少し切り取ります。升合いを先に作らないと組み立てられないので、とりあえず神話物の図柄で検討を急ぎます。

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2008年5月18日 (日)

高石神社と泉大津のあれこれ

Dsc08520 Dsc08530 Dsc08522 Dsc08542 Dsc08546  Dsc08529 Dsc08531行基の父方といわれた高志氏の居住地が今の高石辺りで、高志の浜が浜寺から高石にかけての高師浜だそうです。そこに鎮座するのが旧26号線沿いの高石(たかしの)神社。日露戦争のロシア人捕虜収容所もこのへんにあったそうです。高師浜駅前に記念の看板があるそうです。また浜寺公園ユースホステル前には、ロシアから送られた日露友好の像があるそうです。(以上は堺泉州の隠れた名所99より抜粋)新しくできただんじり小屋もとなりにあります。境内には大きなムクロジという木があります。ムクロジの実は果肉の部分は石けんとして使えるそうです。そして、はねつきの羽にある黒い丸い物の正体がこの黒い種子だそうです。いくつか拾って帰りました。写真参照してください。ちょうどだんじり小屋を見ていたら突然烏が騒ぎ出し、ヒッチコックの映画がフラッシュバックしてしまいそうでした。なんで烏に嫌われるのかがわからず、頭上を注意してみると原因がわかりました。けっこうな大きさの烏の巣がありました。退散するまで私の頭上を威嚇しながらつきまとっていました。親の愛はすごいですね。

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浜寺公園ローズカーニバル

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なんとも言えないくらいすばらしいこれらのバラの花。日々大変な苦労があってのことと思います。このバラの花園で、朝からの入魂式での疲れもしばし、いやされたように思います。また今年もカキツバタにあえました。そういえば、サントリーがなしえた人類の夢の青いバラ。いよいよ年内に発売予定だとか。ちょっと楽しみです。

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堺市津久野地区神野町入魂式

踞尾八幡神社で津久野地区神野町の入魂式を見てきました。平成十一年大下工務店作の入母屋だんじりです。入魂式おめでとうございます。好天に恵まれ、津久野地区、下田町・西組・宮山組・中組・大東組のだんじりがお出迎えをしてくれていました。(神石市之町に行くことができなくて残念でした)それでもで6台のだんじりを一日で見ることができ、天気も良く充実した入魂式を堪能させていただきました。 Dsc08285  Dsc08227 Dsc08353 Dsc08386 Dsc08439

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2008年5月17日 (土)

升組作製編の3

Dsc08201_2 Dsc08205_2 Dsc08213 Dsc08209 Dsc08208 升組作製から40日余り経過しました。必要な部材がやっとそろい、いよいよ升合いのほうにかかりたいと思います。とりあえず、大屋根にのせて、完成のイメージ確認です。

印象が、うわーっ、本物みたい、とはいいにくく、若干微妙な出来具合です。ちょっと部材が太いのが原因かと思われます。しかし、まだ升も200ほどつくらなあかんし。入魂式はいつになることやら。

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2008年5月11日 (日)

ヘリQ発進!?

Dsc08180 Dsc08178 Dsc08176アリオ鳳開店の時購入したヘリQ、いよいよフライトの時がきました。 1枚目、ヘリQの充電中(20~30分)。2枚目、いよいよフライト開始。3枚目、エンジン全開、いざ発進です。

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升組作製編の2の続編

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升組2~4段までの組み合わせができました。次に刻み終えた6段目の組み合わせにかかりますが、7段目は材料を切り出した状態で、これからまだ組み合わせの刻みと彫り物が残っています。部材を切り出して、升合いの彫り物もやりたいですね。升組みが完成したら、きっと、だんじりの雰囲気も変わると思います。また、地道にこつこつ進めるしかないですね。

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2008年5月10日 (土)

升組作製編の2

GWに入魂式が続いて、製作が遅れてしまいました。1ヶ月ほどかかってここまですすんだところです。しかし、升組はやっぱりてごわい。彫り物や組み合わせの刻みに時間がかかり、彫り物もちょっと太い印象があるのでもう少し手直しと仕上げが必要です。試しに升の取り付けを行ってみました。サイズ調整のとき、慎重にしないとすぐ壊れてしまうので困ってしまいました。まーやっと峠を越えたかなと思いますが、まだまだ時間がかかりそうです。  Dsc07259  Dsc07261Dsc08134Dsc07602Dsc08157

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2008年5月 6日 (火)

隠れた名所の4和泉市編 桑原の雷伝説

 昔よくおばあちゃんが、雷が起きると、落雷よけに「くわばら、くわばら」と呪文を唱えていました。雷が自分の所に落ちないための呪文であり、恐ろしいことが起きた時に身に降りかかる災難を除けるための呪文、「クワバラ・クワバラ」のようです。また、稲妻は秋の季語として扱われているそうですが、稲が実る頃、雷が多く発生したため、稲と関わりの深いものとして「稲の妻」「稲の光」などの言葉ができたそうです。

 和泉市桑原に西福寺という雷と耳の寺があります。ここには雷が落ちたと伝わる井戸なるものがあります。立て札に和泉市に伝わる民話が紹介されています。「むかし、この井戸に雷落ちけり。井戸より這い上がらんとする雷を老婆井戸の上に石のふたをおおふて雷を責むることやや久し、雷大いに苦しんで誓って曰く、『永々、此地に落ちることなし』といいければ、石のふたを取りて、ゆるしてやりぬ。それより、この地に雷落ちることなし。雷鳴のとき『桑原、桑原』と云うはこのいわれによると。」

 他説には北野天神縁起などの絵巻物にかかれているそうですが。菅原道真が死んで雷神になったという説なるものがあります。菅原家所領の土地の地名であった『桑原』にだけ雷(かみなり)が落ちなかったという話によって、人々が雷よけに『桑原、桑原』ととなえるようになったともいわれています。このことから菅原道真を祭っている神社を「天神さん」というようになったそうです。

 桃太郎伝説や羽衣伝説にしても、同じような言い伝えが各地にあります。おそらくこの伝説も全国の桑原という地名の所にはあるのではないかと思われます。現在と情報伝達の手段が格段に違う中、人々の言い伝えによって全国に同じような話が伝えられているということに驚きロマンを感じます。写真は「雷の井戸」、「おばあさんがふたをする」にはちょっと重たそうですが、どうでしょうか。Dsc07576 Dsc07578 Dsc07582 Dsc07579

 

 

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2008年5月 4日 (日)

堺市北王子入魂式

 今日は夏を思わせる天候のなか堺市北王子の入魂式に行きました。まるで祭り本番のような人出でした。だんじりは大鳥大社内にある美波比(みはい)神社に宮入します。平成九(十一)年 大工 植山良雄氏 彫り師 岸田恭司氏による北王子のだんじりは、升合い彫り物が神話伝説、腰回りが源平物で統一されています。入母屋型のきれいなだんじりです。高欄合には桃太郎伝説もありました。鬼板に獅子噛があります。

 また野田のだんじりと大鳥のだんじりも見ることが出来ました。野田のだんじりは、昭和七年 大工植山宗一郎氏 彫り師 吉岡義峰氏によるものだそうです。大鳥のだんじりは、昭和六(七)年大工植山宗一郎氏・一元正氏、彫り師木下舜次郎氏・田沼源治氏による切妻型だんじりです。

最初に野田のだんじりから紹介です。  木下舜次郎氏の彫り物とてっきり思ってしまいました。似てると思います。Dsc07918

Dsc07919Dsc08048次は大鳥のだんじりです。Dsc08054金網がはずしてあったのがラッキーでした。高欄と4本柱も黒檀でした。 

Dsc07960最後北王子の宮入の様子、ドットのやりまわし、彫り物をいくつか 紹介します。無事入魂式が終了し、おめでとうございました。また楽しいひとときをすごさせていただきましたことに感謝します。関係者の皆様お疲れ様でした。よいお祭り本番を期待しています。ゴールデンウィークにだんじりありがたいですね。 Dsc07964 Dsc07967

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2008年5月 3日 (土)

和泉市王子町入魂式

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 今日は和泉市王子町の修理入魂式におじゃましました。 平成九年 大下孝治氏作の入母屋だんじり、彫り物は木下彫刻工芸さんだそうです。宮入は 聖神社ですが、あの坂は、はんぱではないので大変なことと思います。

小屋前で待っていると午前8時半頃、工務店からだんじりが到着しました。神事の準備をしている間にあちこち写真を撮らせて頂きました。木鼻のできばえに驚きました。巴御前もエー感じ。ユーモラスな半松良になにかほっとします。神事も無事終了、おめでとうございました。きれいになっただんじりを小屋に納める前に小屋前を3往復、実に楽しそうに見えました。いいひとときを過ごさせていただきました、ありがとうございました。

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隠れた名所の3和泉市編 葛の葉伝説を訪ねて

 葛の葉稲荷の葛の葉伝説は、昔、現在の大阪市阿倍野に住んでいた阿部保名が家の再興を願うため、信太森稲荷神社に日参していたとき、数人の狩人に追われた白狐を助けるが、手傷を負ってその場に倒れてしまう。助けられた白狐は葛の葉という女性に化けて保名を介抱し、二人は夫婦となり、童子丸という子供(陰陽師で有名な安倍清明)を授かります。しかし、童子丸が5歳の時、正体がわかってしまい、葛の葉は泣く泣く信太の森へ帰っていきます。家を去るとき、障子に残した一首が、有名な「恋しくば尋ねて来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」とされています。

安倍清明の出生にかかわらない伝説として、聖神社裏の鏡池周囲にある石碑では、3人の旅人が草むらにいた女性を見つけ、そのなかの「たかはし」という人と結婚し、子どもが3人できます。うたた寝をしていてしっぽを見せてしまってきつねがあの歌を一首残し、信太の森に帰って行くというお話が和泉市の葛の葉伝説として書いてあります。和泉には清明の出生とかかわらない2つの伝説があるそうです。

 この伝説のゆかりの地として、まず和泉5社明神3の宮である聖神社を訪れました。674年創建の聖神社本殿は1604年豊臣秀頼によって再建されたものだそうです。かつての境内は100万坪ほどの信太山丘陵のDsc07823大半をしめていたようです。Dsc07824この日もうぐいすのDsc07826鳴き声が聞こえていました。Dsc07844Dsc078551枚目から3枚目は聖神社の鳥居、拝殿、本殿です。4枚目は裏の鏡池。5枚目は、鏡池そばにある「しのだの森ふるさと館」。館長さんからいろいろお話をうかがい、教えてもらった「旧府(ふるふ)神社」、(小さいけれど国府にまつわるところで格式が聖神社より高いのだそうです)に向かいました。ここに白狐化石(かせきと読みそうですが「ばけいし」です)Dsc07858  があります。神社には尾井町のだんじり小屋もありました。続いてJR線路を越え、北信太駅近くの葛の葉稲荷に行きました。Dsc07909Dsc07864ここにもだんじり小屋が横にあり、扉に葛の葉伝説の歌が記されていました。境内には芭蕉の句碑などもあります。最後2枚の写真はご神木の樹齢2000年とされている楠の木と葛の葉が女性に化けた姿を写したという姿見の井戸です。伝説のためか他の神社とちょっと違う空気を感じたようにDsc07879思います。 聖神社の広大な境内であった信太の森、今は開発され団地になったりしていますが、その多くが自衛隊の演習場として開発から免れているDsc07893_2現実に複雑な思いと浄瑠璃や文楽などで有名な葛の葉物語にロマンを感じた1日でした。  Dsc07897   

   

 

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